「立春とはいえ」とは?ビジネスメールや敬語の使い方を徹底解釈

「立春とはいえ」とは? ビジネス用語

手紙やメールなどで、「立春とはいえ」という表現を目にすることがあります。

「立春」はおよそ季節に関する言葉だろうという察しは付く方も多いでしょうが、具体的な意味や時期となると、はっきりしない方もまた多いことでしょう。

ここでは、その「立春とはいえ」というフレーズの意味と使い方について解説していきます。

「立春とはいえ」とは?

「立春」「りっしゅん」と読みますが、その意味を説明する前に、まず二十四節気という季節の区分について解説しておきましょう。

二十四節気は、まず1年を冬至、立春、春分、立夏、夏至、立秋、秋分、立冬を基準点として8つに分割することからはじめます。

その8つの区分を更に区分ごとに3つずつに分けて、全体として24区分に分けたものが二十四節気と呼ばれる季節の考え方なのです。

そして、立春とは現在でいうと2月4日前後を意味しています。

また、旧暦では立春を境にして春と1年が同時に始まるという認識が昔はあったのです。

今の感覚では、2月上旬は春というよりまだ真冬に近いと感じている方の方が多いかもしれません。

そういう中で、「立春とはいえ」という表現は、「(暦上は)春が始まったと言われますが」という意味合いになります。


「立春とはいえ」のビジネスでの使い方や使われ方、使うときの注意点

「立春とはいえ」というフレーズは、主に挨拶文の中で冒頭部分の季節に絡めた挨拶の定型表現として用いられることが多いようです。

「立春とはいえ、未だに肌寒い日が続いておりますが」などの、気温絡みの表現とセットで出てくるパターンが多く見られます。

特に「春にはまだ早い」という認識が前提にあるフレーズだということは意識しておきましょう。

立春という言葉自体が古い言葉であることから、この後も文語調の堅い文章表現が続きやすいこともポイントです。


「立春とはいえ」を使った例文

具体的な実例を見てみましょう。

・『立春とは言え、寒風吹きすさぶ今日この頃、いかがお過ごしでしょうか』
・『立春とは言え、真冬の寒さが続いておりますが、お体の具合いかがでしょうか』
寒さについて触れた後、更に健康を気遣うようなフレーズが続くパターンも頻出です。

「立春とはいえ」の類語を使った言いかえ

「立春」という言葉を維持したままだと、「立春とは名ばかりの」または「立春とは名ばかりで」といった表現がよく見られます。

また、「暦の上では春とはいえ」のような、わかりやすい表現で置きかえることも可能です。

まとめ

「立春とはいえ」という表現は、春の開始時期とされる立春の2月4日前後の季節の挨拶に用います。

通例、未だに冬の気候が続いていることを前提にしたフレーズであり、体調を気遣うような表現とセットで、挨拶文の冒頭に使用するケースが目立ちます。

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